洋服やSNS、仕事のアイデアや提案まで、なぜか自分の好きなものを否定してきたくせに、後からこっそり真似してくる人がいる。
世間の心理学では「あなたに憧れている」「羨ましいから」と説明されがちですが、「そんな綺麗事じゃこの不快感は消えない」と思っていませんか?
この記事では、一般的によく言われる「真似する人の心理(同一視やモデリング)」を整理した上で、なぜ相手が「手っ取り早く形だけを盗むのか」という構造について説明します。
夜まで考えてしまい、相手のSNSを見てしまう。怒りと恐怖でイヤになる。なのに綺麗事な解決策だけでは、ますますイライラしてしまいます。
不完全燃焼な怒りになる前に、ぜひご覧ください。
目次
一般的に言われる「真似してくる人の心理」とは?
「真似される」と調べたとき、出てくる答えは何でしょうか。
- あなたに憧れている・尊敬している(同一視/モデリング)
心理学的な見解としては、これらは間違いではありません。相手にもそれなりの理由や背景があるということです。
私も、学校で心理学の勉強をしていたのでその通りだと思いますし、多くの人が説明している通りです。
真似する人が本当にやっている特徴「過程を奪ってしまう」
綺麗事だけで上手くいかない理由とは
さて、「憧れだから」「あなたが魅力的な証」という説明で、また苦しさが再熱してしまう理由は一体何でしょうか。
私は、セッション相談を受ける中で、ある共通点に何度も出会ってきました。
真似されて傷ついている人は、表面の言葉やアイテムを盗まれたことだけに怒っているのではありません。
その前段階にある、誰にも見えない「積み上げる時間(失敗・葛藤・夜な夜な研究した努力)」ごと横取りされた感覚になるからです。
例えば、洋服やメイクで考えてみると、誰かにかわいいって思われたい、自分が好きな服を着てテンションを上げたい。
などと考え、雑誌を見たり研究する、試行錯誤の時間があるかもしれません。
誰かがその表面だけを模倣して持っていったように感じた時、そこへ至るまでの時間ごと奪われたような感覚になるのです。
人は会った時、今日の洋服すごくかわいい!今日の雰囲気いつもと違う!とは思いますが、
これをコーディネートするまでに一体この人はどのくらい働いて努力して買ったんだろう?このメイクにたどり着くまで何時間メイクを頑張って研究したんだろうか?
なんて頭ををフル回転させて考える人はほぼいません。
料理人であれば、何年も試作したレシピがやっと完成後、翌週には似た料理が別の場所で提供されているかもしれません。
けれど、そこの思いや気持ちを万人が汲み取り、すべての構造を全員が同じように理解するのは、忙しい現代では無理に等しいと言えます。
なぜでしょうか?ここまで言語化させるには、大変めんどくさいし時間がかかるからです。あと、相談される側には感情の負荷がかかるからです。
時間もかかるし、手間もかかるので、そんな難しいこと考えずに気にせず次へいこうよー!という構造があります。これは確かに致し方ないのですが、これが最もこの構造を生んでいると言えます。
「参考(学ぶ)」と「パクリ(模倣)」の違いとは何なのか
人は誰でも誰かを参考にして学ぶということを繰り返します。本を読み、先生に教わり、年上の人を参考にします。
幼少期であれば、兄弟の上の子を真似しますよね?これは自然なことです。
では「良い参考」と「不快なパクリ」の違いは何なのでしょうか?
私は、「自分の解釈を通しているかどうか」だと考えています。
例えば、同じ一冊の本を読んでも、十人いれば十通りの意見や感想があります。「面白かった」「つまらなかった」同じ本なのに意見はバラバラです。
同じ講座を受けても、出来上がるメソッドやビジネスは人それぞれです。
同じ映画を見ても、人生を変えるほどの衝撃を受けるかもしれないし、大したことなかった、がその人の答えかもしれません。
なぜなら、その人の人生を通して解釈され、自分の頭の中で意味づけを編集し、再構成されるからです。
簡単に言うと、人生のフィルターを通して見ている、ということになります。
一方で、完全なるパクリだけの人の末路はどうなるのでしょうか?そこには「その人自身」が入りません。
形は似ていても、背景が全くありません。例えば、クリエイターさんだとして、絵を真似されたとします。
絵の形はきれいかもしれませんが、自分の絵なようで自分ではないので、その人は長く続きませんし、形だけパクった(真似した)人は後から活動が辛くなるかもしれません。
ちゃんと適切な形で生かしてる人は、長く続けられて、適切なビジネスになり、コロコロと方向性を変えたり途中でやめたりしません。
ようは、継続性に欠けるのです。
まとめると、
参考(学び): 他人の情報を一度自分の中に落とし込み、人生のフィルターを通して再編集・再構成後に自分の言葉や形に変えること。
パクリ(模倣): 自分の背景がないまま、表面の薄い表現だけをそのまま持ってきて同じにしてしまうこと。コロコロ変えて、継続力に繋がりにくい。
【結論】形だけ真似されても、あなたの「中身(思想・本質)」までは奪えない
少し安心してほしいことがあります。
真似できるのは、言葉やデザイン、服などの薄い「形」のみです。
あなたが悩んだ時間、失敗した経験、孤独を飲み込んだ形跡(思想)までは誰にも真似できません。
これらは表に出てないように見えても、先ほどお伝えしたように自分軸や継続性が見えにくいので、時間をかけて大きく差がつきます。
同じ絵や言葉を書いたとしても、見る人は見ているし、敏感です。また、それを続けてしまった時、何かをきっかけにめくれ上がると大変なことになります。
だから信頼と信用面で見ても、パクリはあまりいいものではありません。
活動・人間関係など、むしろ自分から失ってしまうケースさえあるということです。
実際真似された当事者の体験談
先ほどのメイクや服装の話がありましたが、その人に似合っていても、本人に似合うかは分からないところがあります。
私は大学生のとき、髪を相当明るくしていました。すごくかわいい髪色をしている子がいて、似たような髪色にしてみたことがありました。
でもその子はとても似合っていましたが、私は似合っていませんでしたし、特に褒められた記憶もありません。
黒髪や暗髪にしたら、周りからびっくるするほど褒められて、絶対こっちの方がいいと色んな人から言ってもらいました。
ようは、正解は一つではなく、自分に適合しているかを長い月日を経て見つけていくことが大事です。
けれど、これは髪を染めるという時間とお金をかけたことで、得られた答えです。
垢ぬけるためには、このような試行錯誤が必要ですよね。
また、私は構造翻訳家と新しい肩書き・概念を提示して活動しています。
もし、構造翻訳家だけをパクられてしまったとしても、構造を見る能力や実力、言語化能力、内面の感覚や感情・心の闇を見る勇気を持っていないとやっていけません。
むしろ、構造を見る作業はかなり根気のいる作業なので、安易に構造翻訳家と名乗ると自分で自分の首を絞めることがあります。
もしできていない場合、すぐ沙汰されるしビジネスは続かなくなるでしょう。
ちなみに、少し難しい話ですが、このサイトはワードプレスというサイトで、仕組みが構造でできています。
かなり設計が難しいとされており、多くの人が挫折すると有名ですが、わたしが運営出来ているのは構造に強いから、と言えます。
ようは、中身や濃い部分はやっぱり奪えないし、奪ったからと言ってそれが自分に合うとも限らないのです。
そして、これは発信や仕事だけでなく、日常の服や会話、SNSの投稿でも同じことが言えます。
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相手の心理を追いかけ続けると、あなたの苦しさは終わらない
ネットで「真似する人の心理」をどれだけ調べて相手を分析しても、あなたの苦しさは根本的には消えません。
なぜなら、相手を完全にコントロールはできない、ということと、
整理する必要があるのは「相手の性格」だけではなく、「自分の内側で何が起きていたのか(自分自身の境界線)」も含まれているからです。
もちろん、今回のように一度言語化する作業は必要です。その後に相手を通して、自分がなぜそこまで怒ってしまったかに目を向けることは内省になるからです。
無理に明るくポジティブになるのではなく、じっくり感情を見て、過程を踏んで言語化していくこと。
そして、細かく言語化して感覚を納得させてから離れるのが、いつまでも追いかけないコツだと感じています。
そんな感情や内面を言葉に翻訳する、チャット式セッションのお知らせも以下にあるのでご覧ください。
構造翻訳家Akane